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関税ジェットコースターの1年──米国リテールセクター、「解放の日」後の勝者と敗者

深澤 理沙2026年4月3日12 min read
関税ジェットコースターの1年──米国リテールセクター、「解放の日」後の勝者と敗者

サマリー: 「解放の日」関税から1年。最高裁がIEEPA関税を違憲と断じ、1,750億ドルの還付劇が始まった。だがトランプ政権はSection 122で新たな10%関税を即座に発動。米国リテールセクターは「関税ジェットコースター」の渦中にあり、勝者と敗者の分岐が鮮明になっている。

なぜ今、このテーマなのか

2025年4月2日──トランプ大統領が「解放の日(Liberation Day)」と名づけたあの日から、ちょうど1年が経った。

あの日、ほぼすべての輸入品に二桁の関税が課され、小売の現場は震えた。Nike株は決算で年間15億ドルの追加コストを開示し、Walmartは「価格転嫁は避けられない」と警告した。消費者物価は関税だけで約2%押し上げられ、一般家計の年間負担は1,500ドル増えた。

そして2026年2月、最高裁が6対3でIEEPA関税を違憲と断じた。市場は歓喜した。だが歓喜は長くは続かなかった。トランプ大統領はその日のうちにSection 122(1974年通商法)を根拠に新たな10%のグローバル関税を発動。150日の時限措置だが、7月24日の期限まで不透明感は消えない。

米国リテールセクターはこの1年、まさに「関税ジェットコースター」を駆け抜けてきた。その軌跡を辿り、勝者と敗者の分岐線を読み解く。

XRT(小売ETF)年間
$80.45
+6.9%
XLY(一般消費ETF)
$108.15
-2.1%
ミシガン消費者信頼感
56.6
-8.5pt YoY

関税1年の年表──法廷と市場の攻防

この1年を振り返ると、小売セクターは3つのフェーズを経験した。

第1フェーズ:IEEPA関税の衝撃(2025年4月〜12月)。10%のベースライン関税に加え、中国34%、ベトナム46%、インドネシア32%、EU20%という「相互関税」が上乗せされた。アパレルや靴、家電など、アジアで製造される消費財のコストが跳ね上がった。小売各社はサプライチェーンの組み替えと価格転嫁の狭間で苦しんだ。

第2フェーズ:最高裁の逆転判決(2026年2月)。最高裁は「IEEPAは大統領に関税権限を付与していない」と明確に判示。5,300万件の通関エントリーに対する還付請求が始まり、総額は推定1,750億ドル。だが税関は「前例のない還付量にシステムが対応できない」と表明し、45日以内のオンラインシステム構築を約束した。

第3フェーズ:Section 122の新関税(2026年3月〜)。150日限定の10%グローバル関税が即座に発動。ベッセント財務長官は「15%への引き上げ」を示唆したが、現時点では10%のまま据え置かれている。7月24日の期限切れ後、議会の承認なしに延長はできない。

Section 122(1974年通商法)とは?
大統領が国際収支の悪化に対処するために、最大150日間、15%を上限とする関税を課すことができる条項。IEEPA関税が違憲となった後の「代替手段」として活用されたが、税率と期間に厳しい制限がある。

勝者と敗者──「耐関税力」の格差

関税ジェットコースターの中で、小売セクターは明暗がくっきり分かれた。

勝者:バリューリテール

Walmart(WMT)は関税環境下で「価格リーダー」の地位をさらに強固にした。一般商品価格を3%以上引き上げたが、それでも競合より安い価格を維持し、消費者の「トレードダウン」需要を取り込んだ。株価は1年前の約$100から$125まで上昇(+25%)。売上成長率5.6%を維持し、時価総額は1兆ドルの大台に乗った。

Costco(COST)も会員制モデルの強みが光った。グローバルな調達網を駆使してサプライチェーンを柔軟に組み替え、会員向けの価格競争力を維持。売上成長率は驚異の21.5%。ただしPERは45.2倍(予想ベース)と、成長期待がすでに株価に織り込まれている点には注意が必要だ。

Dollar General(DG)は関税インフレで生活コストが上昇する中、低所得層の駆け込み需要を捉えた。売上成長率5.9%、PER17.5倍はセクター平均と比較して低い水準にある。

敗者:アジア依存のアパレル・ブランド

Nike(NKE)は関税の最大の犠牲者といっていい。ベトナム(46%関税)やインドネシア(32%関税)に生産を集中していたため、年間15億ドルの追加コストが直撃した。株価は1年前の約$60から$44まで下落(-27%)。売上成長率はわずか0.1%で実質横ばい。関税コストの吸収と価格転嫁の板挟みで、ブランド力にも陰りが見え始めている。

lululemon(LULU)もアジア製造依存の打撃を受けた。粗利率56.6%と業界トップクラスだが、売上成長率は0.8%に失速。PERは11.7倍まで売り込まれ、かつてのグロース銘柄が「バリュー圏」に沈んでいる。

V.F. Corporation(VFC、The North Face・Vans親会社)は売上成長率1.5%と低迷。ブランドポートフォリオの再構築を進めるさなかに関税コストが重なり、二重苦の状況が続く。

データで見る

企業ティッカー時価総額PER(予想)売上成長率粗利率営業利益率
WalmartWMT$1.00T38.3x+5.6%24.9%4.6%
CostcoCOST$450B45.2x+21.5%12.9%3.7%
AmazonAMZN$2.25T22.3x+13.6%50.3%10.5%
TargetTGT$55B14.2x-1.5%27.9%4.9%
Dollar GeneralDG$26B15.0x+5.9%30.7%6.1%
NikeNKE$65B22.7x+0.1%40.8%4.9%
lululemonLULU$18B11.7x+0.8%56.6%22.3%
V.F. CorpVFC$6.6B16.1x+1.5%50.8%11.0%

データ出典: Yahoo Finance(2026年4月3日取得)

分析:「7月24日」が次の分水嶺

ここから先の見通しを左右するのは、7月24日のSection 122期限だ。シナリオは大きく3つに分かれる。

シナリオ1:期限切れ=関税ゼロ(強気ケース)。議会が延長を承認しなければ、Section 122関税は自動的に失効する。このケースでは、アパレル・ブランド銘柄が最もリバウンドする。Nikeの15億ドルのコスト圧迫が解消し、粗利率が改善に向かう。LULUのPER 11.7倍は過去のレンジと比較して低水準にあり、成長回復の有無が今後の評価を左右する。

シナリオ2:議会承認で延長(ベースケース)。トランプ政権は150日の間に議会工作を進めるとみられる。10%のまま延長されれば、現状維持。小売各社はすでにサプライチェーンの調整を進めており、追加のサプライズは限定的だ。ただし不確実性が長期化すること自体が、設備投資や新規出店の判断を鈍らせる。

シナリオ3:新たな法的根拠で高税率化(弱気ケース)。ベッセント財務長官が示唆したように15%への引き上げ、あるいは議会立法による恒久的な関税制度の構築。このケースでは消費者物価への影響が再び深刻化する。ミシガン大学消費者信頼感指数はすでに56.6と歴史的な低水準にあり、さらなる物価上昇は個人消費の冷え込みに直結する。

IEEPA(国際緊急経済権限法)とは?
1977年に制定された法律で、大統領が国家緊急事態を宣言した際に通商を規制する権限を与える。トランプ政権は2025年にこの法律を根拠に大規模関税を課したが、最高裁は「関税はIEEPAの『通商規制』には含まれない」と判断し、違憲とした。

消費者行動の構造変化──「トレードダウン」の定着

関税の影響は株価だけでなく、消費者行動にも深い爪痕を残した。

小売売上高(RSAFS)は2026年2月時点で7,384億ドルと名目では増加しているが、物価上昇を差し引いた実質ベースではほぼ横ばいだ。消費者信頼感指数は56.6と、2025年9月の55.1からわずかに改善した程度で、パンデミック後の最低水準圏に張り付いている。

注目すべきは「トレードダウン」の定着だ。関税インフレで可処分所得が圧迫された消費者は、ブランド品からPB(プライベートブランド)へ、百貨店からディスカウントストアへと購買行動をシフトさせた。この流れはIEEPA関税が最高裁で無効化された後も逆転していない。一度「安い選択肢」に慣れた消費者は、なかなか元には戻らないのだ。

これがWalmartやDollar Generalの業績を支え、NikeやLULUの苦戦を長引かせている構造的な要因でもある。

個人投資家への示唆

関税政策の不確実性が続く中、リテールセクターを見る際のポイントを整理する。

  • サプライチェーンの分散度を見よ。ベトナム・中国への集中度が高い企業ほど関税リスクに脆弱だ。Walmartのように複数の調達先を持ち、自社物流網を活用できる企業が優位に立つ
  • 7月24日のSection 122期限を注視する。期限前後で、アパレル銘柄を中心にボラティリティが高まる可能性がある
  • 「還付マネー」の行方。1,750億ドルの還付が実現すれば、企業の利益率改善や自社株買いの原資になりうる。FedExやCostcoなど、還付の恩恵が大きい企業に注目
  • 消費者信頼感指数の回復の兆し。56.6は底打ちの兆しとも読めるが、Section 122の行方次第で再び悪化する可能性もある
  • バリュエーションの二極化。WalmartのPER 38倍とLULUの12倍という格差は、市場が「耐関税力」をプレミアムとして評価していることを示す

まとめ

  • 「解放の日」から1年、米国リテールセクターは関税ジェットコースターの渦中にある。IEEPA違憲判決→Section 122→7月期限と、不確実性のサイクルが続く
  • 勝者はバリューリテール(Walmart、Costco、Dollar General)、敗者はアジア製造依存のアパレル(Nike、LULU)。「耐関税力」が銘柄選別の新しい軸になった
  • 7月24日のSection 122期限がセクター全体の次の転換点。関税の恒久化か消滅か──その結果によって、叩き売られたアパレル銘柄のリバーサルか、バリューリテールのさらなる優位かが決まる

本記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いいたします。

Tagsリテール関税WalmartNikeCostco消費セクター

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